現在の閲覧者数:

先行き不透明なブログ?(仮題)

管理人自身も方針を決めかねているサイトです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

科学

 私のパソコンはスパイウェア対策はしてあるものの、どうも様子がおかしかったので、さらに無料のスパイウェア対策ソフトを導入しました。
 「ペストパトロール」です。ご存知の方は「あれ?、ペストパトロールは市販されてるソフトで、無料じゃないはずだぞ」と思われたと思います。
 アタリです。でも、無料版があるんです。2005年版です。昨年度版のプログラムは無料なんです。
 「昨年度版じゃ、最新のスパイウェアには対応できないな」と思われた方!、ハズレです!。
 プログラム自体は昨年度版なのですが、何故か最新の定義がアップデートできるので、最新のスパイウェアにも対応できます。1年間無料で利用できます。
 以下のサイトからダウンロードできます(JavaScriptでウインドウが開きます。JavaScriptを無効にしてある場合は下のURLをコピペして下さい)。

PestPatrol Anti-Spyware 2005:http://www.ca.com/de/dsin/

 ダウンロードサイトは日本語ではありませんが、ソフトは完全に日本語に対応しています。インストールから日本語なので、迷うことはないと思います。サイト中央辺りの「eTrust PestPatrol Anti-Spyware 2005」の欄にある「Download PestPatrolv5.exe (16 MB) 」をクリックするとダウンロードが始まります(インストール時、ペスト情報サーチに参加するかと訊いてきますが参加しなくてOKです)。
 常駐してスパイウェアの侵入を予防することもできますが、常駐機能は簡易なものなので、侵入してしまうこともあり、定期的にスキャン(内部の調査)して調べることも大切です。
 ペストパトロールを立ち上げ「詳細設定→アクティブプロテクション」とクリックし「コンピュータの起動時にアクティブプロテクションを起動する」にチェックを入れ「適用→OK」とクリックするとパソコンに常駐し、スパイウェアの侵入から、あなたのパソコンを守ってくれます。
 ただ、どんな市販ソフトでも同じですが、ソフトを導入・使用することによって不具合が出る可能性があります。その点について、私は一切、責任を負えないので自己判断・自己責任でお願いします。
 ちなみに、私のパソコンからは対策はしてあったもののスパイウェアが7つ見つかりました。
 有名なソフトでもスパイウェアが仕組まれているものもあり(RealPlayerなどにもスパイウェアが仕組まれていると言われています。ちなみにShockwave Playerを導入しようとした時もペストパトロールがスパイウェアを検知しました。スパイウェアを隔離するとインストール出来なかったので、スパイウェア感染を覚悟の上でインストールした後にペストパトロールでスパイウェアを除去しました)、場合によってはスパイウェアを除去することによって、そのソフトが使えなくなる場合もあります。
 また、世の中にはスパイウェア対策ソフトもどきも存在し「対策ソフト」と称しながら、そのソフト自体がスパイウェアであり「スパイウェアが発見されました。このスパイウェアを除去するためにはソフトを購入して下さい」などと表示するソフトも存在しますが、ペストパトロールでは、そのようなことはありません。
 他に無料のスパイウェア対策ソフトとしては超定番の「Spybot - Search & Destroy(JavaScriptでウインドウが開きます)」をオススメします。免疫機能を使うことで(免疫化すると)スパイウェアの侵入を、ある程度、防止できます。完全に日本語に対応していますがアップデート(最新定義をダウンロードする)と免疫化は手動で行わなければなりません。
 また、スパイウェア対策ソフトとしてはマイクロソフト純正の「Windows Defender」というソフトもありますが、使ってみたところ、アップデートの度にシステム復元ポイントが作成され、システム復元ポイントが増えると、古くなった「手動で作成したシステム復元ポイント」が使えなくなってしまう可能性があるなど、私には使い勝手が良いものとは思えなかったのでオススメしません。
 先日、ペストパトロールを紹介しようとした下書きのメモを記事として公開してしまっため「スパイウェア」という文字と、リンクを張るためのJavaScriptとHTMLタグだけがテキスト表示されていたので、kodoさんと、某手技療法学校で一緒だったMさんに怪しい記事を見せてしまいました・・・・。
 あれを御覧になられてからkodoさんの訪問がなくなった・・・・、このブログで「スパイウェアを仕組まれた」と誤解されたかも・・・・。幸か不幸か、私には、そのような技術はありません(爆。ここまでの下書きの後、お越しになられました。少ないお客さんが減ったかと思った。笑)。
 Frittageさんがご使用のパソコンはマックのようなので関係ない記事になってしまいましたね(笑。アクセス解析でご利用のパソコンのOS、ブラウザ、CPUの種類、画面のサイズ、訪問回数などを解析できます。アクセス解析のことをご存知ないかも知れないので念のため)。
 また無料のソフトを紹介します(ウインドウズ用ですが)。

 10年ほど前(20代前半の頃)、私の母はコレステロール値が高いと診断されていました(230ぐらいだったと思います)。でも、私は、その数年前から「更年期以降の女性のコレステロール値は高めの方が良い」という研究を知っていましたので(記事の最後に同様の本を紹介しています)、母が通っていた病院の「患者さん向け勉強会」に参加して、「更年期以降の女性のコレステロール値は高めの方が良いという研究がありますが、この程度は問題ないはずでは?」と医師に訊いたことがあります。
 でも医師は「一般論としては、下げた方がいい」と言いました。
 どこの医師も「下げた方がいい」というので母も私の言うことを信じませんでした。
 でも、その後、様々なテレビや新聞などでも、私の話を裏付ける話が報道されるようになり、次第に母も信じるようになりました。
 当時、私が言ったことは現代科学的に間違っていなかった。でも、母が診察を受けた医師たちは、誰もが「下げた方がいい」と言った。そして母は私の言うことを信じなかった。
 どんなに正しいことでも、それが常識外れであり、それをみんなが知らないことなら、それは「非科学的な話」としか思ってもらえない。
 では科学とは何なのか?。専門家のものなら私の言うことが正しくても、それは非科学になるし、知っている者のものなら、知らない専門家でも非科学論者になる。
 当然「科学」が正しいかどうかは別問題です。
 たとえば、以前、「脂肪を燃焼させるためには、運動は20分以上、継続して行わなければ効果がない」と言われていました。ところが、20分以上と言っていたのは日本だけだったそうです。では、何が根拠となったのか?。その根拠は分かっておらず、海外の文献を翻訳する際に誤訳があったのではないかと言われています(現在、8分程度の運動で効果があるとされています)。
 また「乳酸=疲労物質」と言われていますが、2004年8月、世界的科学雑誌「サイエンス」で「乳酸は疲労回復物質である」と発表され、日本のチームが追跡調査を行ったところ、事実と判明しています(疲労すると乳酸が増えるのは疲労を回復させるためだったのです)。
 「乳酸=疲労物質」と言われるようになった根拠は「疲労すると血中に乳酸が増える」という100年ほど前の実験だけだそうで、わかっているのは「疲労した身体の血液中には乳酸が増えている」という事実だけだったのに「乳酸が肉体を疲労させる」と思い込まれて「乳酸=疲労物質」と言われ続けてきたのです。現代科学でも、この程度の裏づけしかないのに「常識」となっていることも多々あるようです。それに、同じことを調べても正反対の研究結果もあることもしばしばです(「プラシーボ効果=偽薬でも効く現象」にも効果があったという結果と、効果がなかったという結果があります)。
 誰もが当然と考えられていた説が否定された時、「科学」と思われていたものは非科学になる。では、どの時点の科学が「科学」なのか?。
 某生物学者は「科学とはウソをつくことだ。誰も反論できないから、それでいいのだ」と言いました。
 私は「『現実を説明しようという試み』が科学なのだ」と思います。非科学的と言われようが、自分が合点のいく説明であるなら、それは科学だと思うのです。どれほど進んだ先端科学といえども、それは現実の後追いであり、必ずしも正しいとは言えない「説明しよう」という試みだからです。
 整体は民間療法でしかありませんが、私にとって、それは思想であり科学です。それは他人が「科学的だ」というか「非科学的だ」というかは関係がありません。
 「現実」「現象」に説明をつけようと思えば、いくらでもつけられると思います。だからこそ、世の中には様々な説や方法論があります(見方が違ったり、切り取り方が違ったり、アプローチが違ったり)。
 「現実」「現象」に説明をつけようと思えば、いくらでもつけられる・・・・ということは、そこには批判精神が必要になってきます。ただ受け入れるのは「信じる」「信じない」という信仰に過ぎないからです。
 「信じる」というのは、結局は「分からない」ということです。「分からない」から「信じる」必要が出てくるのです。

 「100匹目の猿」という話があります。「宮崎県・日南海岸に浮かぶ周囲3.5㎞の無人島『幸島』に棲む1匹のサルが、海でイモを洗うと砂が落ち、塩味がついて美味しくなることを発見し、それを真似たサルが100匹に達すると、このイモ洗い行動が大分県・高崎山のサルに伝播した」という話で、この話から「ある閾値を超えると、距離に関係なく、影響を及ぼす現象が存在する」とされています。
 この話は○イアル・ワトソンが著書「生命潮流」で「100匹目の猿現象」として発表し、船井○雄氏の著書で話題になりました。
 「あれ?。日本の話なのに、外国人の発表が最初なの?」と思われましたか?。この話、ライ○ル・ワトソンの創作話なのです(100匹目のサル記念碑まであるようですが創作話なのです)。
 ライアル・ワト○ンさん・・・・何がしたいの?。疑似科学的な話って、ただでさえ信用されにくいのに、さらに信用を落とすようなことがしたいの?。
 創作話を真に受けて「事実」として話題にした船○幸雄さん・・・・私には、健全な批判精神を持っているとは思えない・・・・。彼には、力も財力もある。なのに、借り物の受け売りをして、調べれば直ぐに分かることさえ調べていない・・・・私は、彼の本をまともに読んだことがない・・・・手に取ったことはあるけれど、読む気がしない・・・・。彼の話は疑似科学ですらなく「船○教」という宗教なのだと思います。
 そもそも、イモ洗い現象が伝播していくなら、幸島から高崎山へ、高崎山から○○へ、といった具合に、日本中、世界中に伝播していくはず・・・・。100匹が200匹、300匹と増え、それがさらに伝播する力となるはずなのに、それほどサルがイモ洗いを当然のようにやっている姿を見たことがない・・・・。私が見たことないだけなの?。

 「現象の伝播とは、こういうことなのだ」という見本のような話があります。「グリセリンの結晶化」です。100匹目のサルの話ほどメジャーではありませんが、これも有名な話です。
 要略すると「発見された頃のグリセリンは結晶化しなかったそうなのですが、19世紀初頭のロンドンで、偶発的にグリセリンが結晶化したそうです。その結晶を分けてもらった研究所でも結晶を作ることに成功。時を同じくして、カナダの工場でも同様のことが起き、同様の現象が世界中で起こるようになり世界中のグリセリンが結晶化するようになった」という話です。
 すごい話ですね~。でも・・・・、この話も創作話のようです。
 現象には、いくらでも説明がつけられます。でも、その「現象」が事実かどうかには注意を払う必要があります。これは最低のスタートラインだと思います。
 疑似科学の世界には創作話が沢山転がっていると思います。そして、創作話に付けられる説明は「科学」でもなければ「思想」でもありません。
 私は「100匹目のサル」とか「グリセリンの結晶化」の話のような、シェルドレイクの「形態形成場論」的な原理はあると思います。でも、だからといって、それを裏付けるような話としての「100匹のサル」や「グリセリンの結晶化」の話を無批判に信じていいとは思いません。やはり、そこには批判精神が必要だと思います(外国のシェルドレイク支持者たちは「100匹目のサル」には否定的らしい)。
 真実は、信じるものの中にあるのではなく「否定の炎に焼かれたものの中から表れる」という意識が必要だと思います。
 私が学んでいる整体は民間療法です。それだけに民間療法には関心がありますが民間療法にはウソが多いと言わざるを得ません・・・・民間療法として最も身近な、健康食品などを考える材料として、以下のホームページを挙げておきます。栄養などの情報については日本で最も詳しいサイトだと思います。
 独立行政法人 国立健康・栄養研究所:http://hfnet.nih.go.jp/
 健康食品に限らず、ビタミンやミネラルの効能・副作用などが詳細に書かれています(「50音別・アルファベット別一覧」をクリックして下さい)。

----------

 東京にお住まいで、プロバイダは「UCOM」を御利用の方で、何度か当サイトにお越しの方、連絡事項がありますので前回記事を御覧下さい。

----------

ブログランキングに参加してます。記事が「良かった」と思ったら一押しお願いします。




検査値と病気 間違いだらけの診断基準
大櫛 陽一
太田出版 (2006/04/25)




「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た
村上 宣寛
日経BP社 (2005/03/30)
売り上げランキング: 2,351
おすすめ度の平均: 4
3 心理テストに興味のある方へ
4 ロールシャッカー的には
5 心理テストについての正論

スポンサーサイト
  1. 2006/07/30(日) 22:17:40|
  2. 雑感
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

森林と海

 まず、最初にお詫びです・・・・。kodoさん、某手技療法の学校で一緒だったMさん、ごめんなさい。変な記事見たでしょ?。次の記事の下書きのつもりでメモしていたものが「公開モード」で保存してしまったために記事になってしまってました。この失敗、よくあるんです(苦笑)。見られた人が少なくて良かった(笑)。

 Frittageさん、またまたおいで下さったんですね。ホントに来て下さるとは思いませんでした(笑)。しかも、長時間に亘ってお読みいただいたようで・・・・恐縮です・・・・。ご指導・御指摘などいただければ幸いです。
 kodoさん、いつもご訪問ありがとうございます。頻繁に来て下さってるのに更新してなくてすみません(苦笑)。いつも最初に「抗菌剤で虫歯治療」のページにアクセスされているようですがこちらがトップページですので、こちらを登録していただければ常に最新記事をお読みいただけます(笑)。更新は遅いですが、これからもよろしくお願いいたします。

 週に1度の更新を目標に頑張ります(←志が低い)。

 それにしても、世の中、いろんなキーワードで検索している人がいるなぁ・・・・。7月13日なんて「ライオン 内臓 最初に食べる 草食動物」なんてキーワードで2人の訪問者がいる・・・・。両方ともプロバイダが違うので別人なんだろう・・・・(身元を隠している様子はない)。世の中は広い・・・・。ドイツからも「赤ちゃんの値段(紹介した本にヒット)」で検索してきた人がいる・・・・。ようこそ、おいで下さいました。

 今回のタイトルは「森林と海」ですが「環境問題を考え直そう」の続きのようなつもりで書きます。
 日本の森林は「もっと利用すべき」「守る視点に立つのではなく、育つ視点に立つべきだ」といった話をしました。
 漁師たちが植林に取り組んでいるのを御存知でしょうか?。海で仕事をする人達が何故、遠く離れた山へ植林にくるのでしょうか?。
 現在、日本近海では「海の砂漠化」とか「磯焼け」と呼ばれる現象が広がっています。
 「海の砂漠化」「磯焼け」とは海底の岩盤から海藻が消滅した状態で、さらに石灰藻(せっかいそう)と呼ばれる藻の一種が海底の岩盤を真っ白に覆い尽くしている場所が増えています。
 石灰藻はカルシウムを多く含む硬い藻の一種で、その硬さのため、剥がそうとしても容易には剥がれず、異常繁殖した場所では他の海藻の生息は難しくなります。
 通常、海底の岩盤には昆布などの海藻が生息し、石灰藻だけが海底を覆い尽くすことはありません。
 昆布などの海藻は人間の食用として利用されるほか、魚の産卵場所や稚魚の隠れ場所として機能しているので、石灰藻が異常繁殖して昆布などの海藻類が生息できなくなると魚介類も生息が難しくなります。そのため「海の砂漠化」「磯焼け」が起きた地域では漁獲量が大きく減っています。
 石灰藻が異常繁殖して「海の砂漠化」「磯焼け」が起きた海ではウニ以外の生物は殆ど見られなくなります。ウニは硬い石灰藻でも食べられるので生息できるのですが、栄養が限られてしまうため、卵巣などが痩せた異常な状態になってしまいます。
 では、何故、漁師たちは山へ植林に行くのでしょうか?。「海の砂漠化」や「磯焼け」の原因は、ダムの建設や森林の伐採にあると言われているのです。
 広葉樹の葉が落葉して腐ると「腐葉土」が出来ます。この腐葉土の中で、森林の土壌に棲んでいるバクテリアが落葉などを分解することによって酸性の物質「フルボ酸」が出来ます。そして、このフルボ酸と土壌に含まれる鉄分が結びつくことで「フルボ酸鉄」という物質になります。
 このフルボ酸鉄は、雨によって流れ出し、川を流れて海へと下ります。そして、フルボ酸鉄は植物プランクトンや昆布などの海藻を育てると同時に、石灰藻の繁殖を抑える一石二鳥の働きをするのです。
 しかし、現在、森林の伐採によって腐葉土が減り、フルボ酸鉄の生成量が減ったり、ダムの建設によって水が堰き止められたり、護岸工事によってフルボ酸鉄を含んだ地下水を遮断したりすることによってフルボ酸鉄の供給量が減ることによって「海の砂漠化」「磯焼け」といった現象が引き起こされました。そのため「海を育てる」ために「山に植林する」取り組みが行われているのです。
 先に書いたように、フルボ酸鉄を作るフルボ酸は「広葉樹が落葉してできる腐葉土」から作られます。スギやヒノキなどの針葉樹の葉は腐葉土には向いていないのです。

 余談ですが、海岸砂防林として植えられているマツが枯れる地域が出てきています。これはマツクイムシなど虫の影響以外に、放置されているためだといわれています。人の手が入らなくなり、落葉が土壌表面を覆い、堆積し過ぎていることが原因だというのです。
 元々、マツは山の頂上や砂地など痩せた土地で育つ木です。ところが、本来、針葉樹の葉は腐葉土には向いていないのですが、落葉が堆積し過ぎて腐葉土になり土壌が豊かになったことで、本来、痩せた砂地などには生えない広葉樹が生育するようになりました。
 「環境問題を考え直そう」の回で、森林の植生として「まず日光を好む陽樹(主に針葉樹)が生え、日陰が出来るようになると日陰を好む陰樹が生えてきて、日光を好む陽樹を駆逐する」と書いたように、広葉樹がマツを駆逐しはじめている地域が増えてきているのです。
 その昔、松葉は貴重な燃料として利用され、常に落葉かきの手が入っていました。ところが、ガスが普及した今、燃料集めなど、落葉かきの手が入ることはなくなり、落葉が堆積し過ぎ、砂地が土に近づいたために、本来、砂地に生えることのない広葉樹が生育してきてマツを駆逐しはじめているのです。

 森林の伐採がフルボ酸鉄の生成を減らしてしまうために、漁師たちは植林によって森林を回復しようと取り組んでいることは書きました。
 しかし、ダムについては、どうすることも出来ません。でも、ダムの建設は「海の砂漠化」「磯焼け」以外に、別の海の問題を引き起こしています。それは砂浜の減少です。
 これはダムだけでなく港湾のコンクリート構造物なども関わっているのですが、砂浜への砂の供給が減ってしまうのです。
 砂浜は常に減り続けています。しかし、大きく変化しないのは、川の上流から砂が供給されているからです。ところが、ダムによって川の流れが堰き止められて砂浜に砂が供給されなくなってしまっているのです。
 また、全体にまんべんなく潮があたっているはずの浜が、港湾のコンクリート構造物によって海流の流れが偏ってしまい、部分的に強い潮があたって砂をさらってしまっているのです。供給量の低下と減少の増加という2つの現象が同時に起こっている場所があるのです。
 
 以下、前回、お読みいただいた方もいると思いますが、肝心の方に、お読みいただけていないので、再度、掲載します(笑)。

----------

 東京にお住まいで、プロバイダは「UCOM」を御利用の方、いつも当サイトへの訪問ありがとうございます(東京の知人には、このブログのことを何も教えていないので、私の知る方ではないと思います)。
 ブログを更新してない時の訪問はないにも関わらず、更新すると、いつもすぐに訪問いただいているようですが、RSSリーダーを御利用なのでしょうか?。私は使ったことがないので、よく分かりませんが・・・・便利ですね(笑)。
 当サイトでは過去の記事の書き直しなども行っていますので、前々回の記事を更新した際、同時に過去の記事を書き直しておりまして、過去の記事は御覧いただけたようなのですが、その時に更新した記事には気付かれなかったようです(笑)。リンクを張っておきますので、よろしければ、御覧下さい。我ながら、よく書けたと思ってるんです(爆)。その記事には過去の記事からオススメ(?)をピックアップしてリンクを張ってありますので、よろしければ、そちらの方も御覧下さいね。
それと、先にも書いたように、過去の記事の書き直しなども行ってますので、過去の記事に引っかかることもあるかも知れませんが、ご容赦下さい・・・・って、この記事を見逃されたら意味ないな(笑)。

環境問題を考え直そう(2006年6月28日更新)

 過去の記事を書き直す理由・・・・「新しい記事のように装うことで、訪問者を増やそう」などというつもりはなく、検索エンジンなどから訪問される方に対して「出来るだけ、私が考えていることを忠実にお知らせしたい」という思いからです。「何も変えない」というのは、よく言えば「首尾一貫している」ということですが、悪く言えば「成長してない」ということになります。今と以前では考え方が変わることは当然だと思います。考え方が変わったのに、自分が思ってもいないことを語るのは不誠実だと考えており、ブログの内容は出来るだけ今の自分に近づけようと考えています。「今と以前では考え方が変わる」という意味でも、当サイトに書かれてあることを鵜呑みにせず、ご自身で判断していただきたく思います。

----------

ブログランキングに参加してます。記事が「良かった」と思ったら一押しお願いします。




森が消えれば海も死ぬ―陸と海を結ぶ生態学
松永 勝彦
講談社 (1993/07)
売り上げランキング: 287,767
おすすめ度の平均: 3.33
3 全体的に考える。
3 ミネラル循環
4 森林と海は密接に結びついている


  1. 2006/07/20(木) 23:56:32|
  2. 雑感
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

成長

 東京にお住まいで、プロバイダ「UCOM」を御利用の方へ・・・・いつも当サイトへの訪問ありがとうございます(東京の知人には、このブログのことを何も教えていないので、私の知る方ではないと思います)。
 ブログを更新してない時の訪問はないにも関わらず、更新すると、いつもすぐに訪問いただいているようですが、RSSリーダーを御利用なのでしょうか?。私は使ったことがないので、よく分かりませんが・・・・便利ですね(笑)。
 当サイトでは過去の記事の書き直しなども行っていますので、前々回の記事を更新した際、同時に過去の記事を書き直しておりまして、過去の記事は御覧いただけたようなのですが、その時に更新した記事には気付かれなかったようです(笑)。リンクを張っておきますので、よろしければ、御覧下さい。我ながら、よく書けたと思ってるんです(爆)。その記事には過去の記事からオススメ(?)をピックアップしてリンクを張ってありますので(新しいウインドウが開きます)、よろしければ、そちらの方も御覧下さいね。
それと、先にも書いたように、過去の記事の書き直しなども行ってますので、過去の記事に引っかかることもあるかも知れませんが、ご容赦下さい(この記事も、アップして、東京にお住まいで、プロバイダ「UCOM」を御利用の方がお読み下さった後、加筆・修正してあります)。

環境問題を考え直そう(2006年6月28日更新)

 過去の記事を書き直す理由・・・・「新しい記事のように装うことで、訪問者を増やそう」などというつもりはなく、検索エンジンなどから訪問される方に対して「出来るだけ、私が考えていることを忠実にお知らせしたい」という思いからです。「何も変えない」というのは、よく言えば「首尾一貫している」ということですが、悪く言えば「成長してない」ということになります。今と以前では考え方が変わることは当然だと思います。考え方が変わったのに、自分が思ってもいないことを語るのは不誠実だと考えており、ブログの内容は出来るだけ今の自分に近づけようと考えています。「今と以前では考え方が変わる」という意味でも、当サイトに書かれてあることを鵜呑みにせず、ご自身で判断していただきたく思います。

----------

 先週、記事を更新しようと思ってたんですが、バタバタしちゃって更新できませんでした。週末は東京行きだったし・・・・いつも夜行バスで通っております・・・・。
 今回、書く記事は前回の記事に関連したこと(森林と海について)を書くつもりだったのですが、最近、知人と交わしたメールについてまとめたいので、私事ではありますが、そちらについての記事に変更したいと思います。次回は「森林と海について」、その次は実体験に基づいた健康関連の話(?)になる予定です(笑)。

 それと、先日、先に登場した知人の引越しに際して紹介したサイトがありますので、そちらも紹介しておきます(当サイトからの直リンがバレないようにReferrerを吐き出さない形でJavaScriptでウインドウが開きます。笑。JavaScriptを無効にしてある場合は下のURLをコピペして下さい)。

生活ガイド.com
http://www.seikatsu-guide.com/


 いろんな街の情報を知ることが出来、引越しの際は隣り合う街の比較をして、どちらにするかといった参考になります。生活に関する情報も色々あります。
 ちなみに、介護保険料は地域による差は大きいのを御存知ですか?。
 私が調べたところによると(2006年7月調べ)、最も安いのは山梨県秋山村の21400円、最も高いのは北海道鶴居村の71300円でした。夫婦2人だと山梨県秋山村が42800円、北海道鶴居村の142600円で、年額約10万円も違うので、40歳から65歳で約250万円もの差が出てくる計算になります・・・・。

 私は32歳でして、東京へは整体を習いに通っています。某手技療法の学校は出ていますが、そこは修了証書をもらうためだけに卒業しました。学校を出ただけで人を治療できるとは思ってなかったからです。そして「本当の治療」をしている人に教わるつもりでした。
 私が整体を教わっている方は、すごい方です。有名な方ではありませんが、私に言わせれば、テレビに出ている、そんじゃそこらの整体師とは比べ物になりません。その先生を通じて、有名ではないけれど、すごい先生が何人もおられることを知りました。
 私は10代の頃、人が死んだらどうなるかに興味がありました。死から生還した人の話ってありますよね。一般には「臨死体験」と呼ばれますが「英語では『ニアデス(Near Death)』というので『臨死』ではなく『近似死』の訳が適当だ」という考え方に従って、私も近似死体験と呼びます。
 いろんな近似死体験者の話を聞いてみると、ある程度は似ているものの、世界的に見ると「死後の世界」で、仏教圏の人は仏様を見て、キリスト教圏の人はキリストかマリア様を見ます。仏教圏の人がキリストやマリア様を見て、キリスト教圏の人が仏様を見ることはありません。おかしいですよね?。死んだら同じ所に行くのではないのでしょうか?。
 生は死に触れることは出来ず、触れた時には生を失います。でも近似死体験者は、生きて話をする以上、死んではいません。仮死状態にあったとはいえ、死んではいないのだと思います。
 脳低温療法に見られるように、従来「助からない」と思われていた人でも助かる治療法が出てきたり、医学的には「脳死」とされる人が、近くを通りがかった人の腕をつかんだり、空中に手を彷徨わせたり「反射」という言葉では説明のつかない「ラザロ兆候」と呼ばれる現象が報告されているように、科学的には「死んでいる」と思われる状態が「死んでいる」とは限りません。科学的な「死」とは基準に過ぎません(ちなみに「絞首刑になった人が10分以上に亘って動く」というのは「苦しんでいる」のではなく「反射」によるものです。人間は首を吊ると一瞬で意識を失います。苦しいことはなく、むしろ快感を伴います。柔道選手らが「おちる時は気持ちがいい」というのは、そのためです)。
 近似死体験者は「1度死んだ」のではなく「生きていた」のです。近似死体験者が見た「死の世界」とは「脳が作り上げた幻影」に過ぎません。だからこそ、文化や宗教の影響を受けた「死後の世界」を見るのです。
 霊視者についても同じです。スウェデンボルグのような、宗教や文化の影響が少ないと思われる例もあるものの、やはり、ほとんどは宗教や文化の影響を受けた話をしている・・・・。これは脳が関係していると考えざるをえません。
 生は死に触れられない・・・・。私は「死は語るべきものではなく、語られる死は全てウソだ」と思うようになりました。
 気功やヒーラーなどにも興味があったものの、気功家やヒーラーによって話が違うことに疑問がありました。「気を使えば消耗する」という人もいれば「消耗しない」という人もいるし、治療すると「患者の邪気を受ける」という人もいれば「邪気の影響は受けない」という人もいます。
 でも、共通していることがあります。「弟子の話は師に似ている」ということです。
 10代の頃、私が考えたのは「考え方によって感覚や方向性、スタイルを得るのか、能力が伝染したり、『場』が人を作るのではないか?」ということでした。
 「能力が伝染したり、場が人を作るのではないか?」というのは全くの推論に過ぎませんが「考え方によって感覚や方向性、スタイルを得る」と考えたのには理由があります。近似死体験者は「見る」という「五感(感覚)」が「脳の影響」を受けて「死後の世界」を見ているからです。
 考え方や意識などによって感覚が影響を受けているのだと思います。自分が何を考えるか。何をクローズアップするかが大事だと思うようになりました。
 考え方や意識が自分をつくる・・・・意識や考え方が成長をリードするのだと思います。
 スゴイ人に師事すればスゴくなれるのか?。私には、そうは思えませんでした。「スゴイことが出来るからスゴイ人なのか、スゴイ人だからスゴイことが出来るのか…」
 私は「スゴイことが出来るからスゴイ人」なのではなく「スゴイ人だからスゴイことが出来る」のだと思います。ただ「スゴさ」「テクニック」を求めて、「自分から離れたもの」を追っても、決して身にはつかないと思います。
 格闘技の世界には「最強の格闘技は何か?」という議論が常にあります。
 空手が最強だとかプロレスが最強だとか・・・・。仮に、空手家が優勝したからといって、すべての空手家が他の格闘家に勝る訳ではありません。それは、どんな格闘技でも同じだと思います。
 ボブ・サップという選手が出てきた当時、誰も彼に勝てませんでした。彼は元アメフト選手で薬学博士です。彼が優勝したとしても、誰も「最も強い格闘技は薬剤師だ」という人はいないでしょう。
 「誰が」強いのかはリングの上で明らかになります。でも「何が」強いのかは別問題です。
 同程度の才能の持ち主が同程度に練習して同じ条件で戦わなければ「何が」強いのかは分かりません。才能に恵まれた人と恵まれなかった人が同じように練習しても才能に恵まれた人に勝てる訳がありませんし、才能は同程度でも練習量が違えば同じことです。とはいえ、そんな検証は出来っこありません。
 天才的なスゴイ人が1人いたからといって、その格闘技の体系が「強い選手を生み出す体系」かどうかは分かりません。その格闘技をやっている人なら誰もが強いという訳ではないからです。
 それは整体であれ、何であれ同じだと思います。「スゴイ人が教えてるから」「スゴイ人がやってるから」といってスゴくなれることはないと思います。
 そもそも、野球などを見ると「名選手は名監督になれない」ケースは多いですよね(教えるのが下手だったり)。名選手には当たり前のことが(前提)、普通の選手には当たり前(前提)でなければ意思の疎通は難しいのだと思います。
 将棋の場合、内弟子制度の頃は師匠と弟子は全く逆の棋風になることが多かったそうです。
 師匠が猛烈な攻め将棋だった場合、弟子は常に師匠の猛烈な攻め将棋を受け続けることになります。すると、弟子は守りが上手くなり「守る将棋」を指すようになります。
 逆に、師匠が守る将棋が得意な場合、あまり師匠は攻めてこないので弟子が攻めることになります。当然、師匠は守るのが上手いので、弟子は、その守りを破るために、攻めるのが上手くなります。
 「師匠のようになれる」というのは幻想だと思います。

 「天才は天才を知る」と言います。逆に言えば凡才には天才を理解できません。天才の師についたとしても、きっと理解できないでしょう。
 ある整体師は「晩年の師につくな」と言いました。晩年になるまで練られたからこそ至る境地(特に技術)を未熟者が理解できる訳がありません。晩年の師が仰ることは、晩年まで練られたからこそ分かることだったり、その技は練られたからこそ出来るものだったりします。
 年を重ねるにつれて、考え方や技術はシンプルになっていく傾向がありますが、それは同時に中身が濃密になったからこそコンパクトにまとめられたのだと思います(武術などでも、最初は大きな動作で練習し、慣れてくるに従って動作を小さくしていきます)。
 スゴイ人が「これだけで充分」と言えるのは、その背後に、その裏づけとなるものを持っているからであり、未熟者が、それを真に受けると、ただ浅薄になってしまうと思います(「治療は下工、予防は上工」という言葉があります。確かにそうだと思います。でも、悪くなった人を治せた上で「予防」を行うのと、最初から「上工」になろうとして「予防」は出来るようになったものの「治療はできない」というのでは大きく意味が違うと思うのです)。

 整体師が最も誠実でなければならないのは「師」に対してよりも「お客さん」に対してだと思います。
 自分が何かを話す時「師が言っていたから」というのは不誠実だと思います。自分の目で見たものを話さなければならないと思います。
 もし、師の言うことを鵜呑みにして喋ってきたのに、師の言っていたことが間違っていたとしたら、「自分」ではなく「師が間違っていた」と言えてしまいます。それでは、そこに「自分」はいません。
 私は「身体」は精神や意識をつくり、逆に、精神や意識、考え方や環境も身体をつくっていると思います。
 人の行いは精神や意識、考え方に基づく・・・・。「整体の施術」は「人の行い」です。それは科学よりも思想に近く、整体の施術は科学(知識やテクニック)ではなく思想・哲学であるべきだと考えています。私にとって「整体」は知識やテクニックなどではなく「思想」なんです。
 私が思うのは「習得したい」と思う「整体」には深い「共感」が伴わなければならないということです。自分を成長させるのは「気付き」だと思います。そして共感は気付きを生むと思います。
 人間は「理解できることを理解できるようにしかできない」と思います。だとすれば、整体師として成長するには、「納得」ではなく、理解に伴う深い共感が必要だと思います。そして人間として「進化」するには「深化」しなければならないと思っています。
 「人の行いは精神や意識、考え方に基づく」。スゴイ人だからスゴイことが出来るのであって、スゴさを外に求めればスゴさを得られる訳ではないと思います。
 何故、私は「整体がやりたい」と思うのか・・・・。私に整体の才能があるかどうかは分かりません。でも、それは整体に限らず、どの分野でも同じです。私に何か才能のある分野があるとは思いません。
 それなら「分かりもしない『才能の有無』」や「好き・嫌い」に関わらず、「人の行い」として「自分」を最も出せそうな気がする「整体」を自らの道にしたいと思っています。

ブログランキングに参加してます。記事が「良かった」と思ったら一押しお願いします。



脳死・臓器移植の本当の話
小松 美彦
PHP研究所 (2004/05)
売り上げランキング: 3,810
おすすめ度の平均: 4
5 敬愛する他者へのコメント
5 自分の目で見る、自分の心で感じる、自分の頭で考える。
5 脳死問題理解の最良の1冊


脳死臓器移植は正しいか
池田 清彦
角川学芸出版 (2006/06)


生命観を問いなおす―エコロジーから脳死まで
森岡 正博
筑摩書房 (1994/10)
売り上げランキング: 59,213
おすすめ度の平均: 4.33
5 明快ですね
3 壮大なる提言
5 欲望の行方


自己決定権は幻想である
小松 美彦
洋泉社 (2004/07)
売り上げランキング: 71,031
おすすめ度の平均: 3
5 システムのからくり
1 読後に深い喪失感が残る
1 得るところなし




  1. 2006/07/14(金) 01:22:48|
  2. 雑感
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

環境問題を考え直そう

 Frittageさん、コメントありがとうございます。驚きました。以前、私はFrittageさんから御翻訳本を購入させていただいたことがあります。そのFrittageさんが訪問下さり、いくつかの記事を読んでいただいた上に、コメントまでいただけるとは夢にも思いませんでした。わざわざコメントありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。御指摘・御指導いただけると嬉しいです。
 kodoさん、書き込みありがとうございました。私のコメント欄への書き込みを見ていただけたようですね。今後、基本的に書き込みへのレスはコメント欄で行いたいと思いますので、画面右側の「最近のコメント」欄から見ていただければと思います。
 今まで、ほとんど書き込みはなかったのに、急に書き込みが増えてきましたね・・・・って言っても、まだ延べ5回ですが(爆)。
 Frittageさんがお読みいただいた記事と重複する部分がありますが、一応、過去の記事の一部についてリンクを張っておきますので、御関心があれば、御覧いただければと思います(新しいウインドウが開きます)。

血液サラサラ(2006年2月6日更新)
科学者の思い込み(2006年2月7日更新)
有機農法(2006年2月8日更新)
血液型(2006年2月17日更新)
農業(2006年2月19日更新)
農業&身体と栄養(2006年2月20日更新)
不足しているはずの栄養(2006年2月20日更新)
身体に適した食べ物(改めて!)(2006年2月22日更新)
有機農法2(2006年3月1日更新)

 改めて、このブログを訪問して下さる方々に、このブログについて説明しておきたいと思います。このブログは、将来、私が開設しようとしているホームページのコンテンツの下書きのような形で書いているもので「下書き」という性質上、過去の記事について訂正や加筆などを行っています。決して「正しいことを書いている」などと言うつもりは全くないので、お読みになられる方々、御自身で判断なさって下さい。御指摘などあれば書き込みしていただけると嬉しいです。
 「将来、私が開設しようとしているホームページのコンテンツの下書きのような形で書いている」と書いた通り、将来、どこかのホームページで同じ内容を見かけるかも知れません(笑)。

 前回の記事「ペットブームの陰」で本の紹介をしてきおきました。「赤ちゃんの値段」です。「現代日本で生まれた赤ちゃんが海外で売買されている」というノンフィクションです。「人身売買は日本には無縁」でもなければ「人身売買は昔の話」でもありません。

 「割り箸=環境破壊」という図式で語られることが多いですが、それはステレオタイプの見方です。
 現在、日本で出回っている箸の殆どは中国産です。中国では、日本に箸を輸出するために多くの木々が伐採が進みましたが、森を育てるための植林は行われなかったために「切られるまま」でした。
 そのため「環境問題」に敏感な人達の間で「マイ箸」を使うといった人達が少しずつ増えてきたのですが、残念ながら、そこには、ある視点が欠如しています。
 日本には切られることなく荒れ果てた山や森が数多くあります。これは安価な輸出に押され、高価な日本の材木が敬遠されていることが背景にあります。
 日本の森林の殆どは人工林です。自然の森林ではありません。そういった森林は「切らなければ育たない」のです。
 森林には「植生(植物の生態)」があります。元々の裸地や樹木を失った土地では、まず光を好む草が生えて、次に日光を好む「陽樹(主に針葉樹)」が生え、陽樹の森が形成されます。すると、日陰が出来るので、そこに日陰を好む「陰樹」が生えてきて、やがては大きく成長して「陽樹」を駆逐しはじめ、最後には「陰樹」のみの森が出来上がって安定します。これを「極相林」といいます。「極相林」が出来上がるには、数百年(少なくとも150年)かかると言われています。
 戦後、日本ではスギやヒノキの大量の植林が行われました。スギやヒノキは成長が早いからです(ヒノキはスギより成長が遅いが価値が高い)。でも、スギやヒノキは陰樹であり、日光を遮るもののない土地では育ちにくいため、日光が当たり過ぎて枯れてしまわないように高密度で植林されるのです。
 ところが、成長するにつれて木の密度が高くなり過ぎてしまうので、そのままでは日照不足になる上、空気の流れが妨げられるので湿度が高くなり過ぎ、病気になりやすくなってしまいます。
 そこで、適当な間隔で木を伐採する「間伐」が行われます。家庭菜園などで野菜を育てる方は分かりやすいと思います。野菜の「間引き」と同じですね。
 とはいえ、間伐にも人件費など費用が掛かります。間伐を行うためには間伐材が売れなければならないのです。
 環境問題に敏感な人でも「割り箸=環境破壊」という見方しか持たない人が多いように思います。ここで必要なのは「守る」という視点ではなく「育てる」という視点です。
 「森林を守る」「文化を守る」などと言ったりしますが「守ろう」とすることは、それらが死ぬことです。必要なのは「守る」ことではなく「育てる」ことです。
 元々、日本の割り箸作りは間伐材の端材を使う廃物利用でした。ところが、中国からの安い輸入木材に押されて日本の木材は利用されなくなり、間伐も行われなくなりました。
 中国では大量の木材輸出で環境破壊が進んだことにより、輸入の継続が難しくなっています。そのため「割り箸の有料制」を導入するところが増えてきています。
 戦後、大量に植林されたスギやヒノキは伐採されることなく放置され、大量の花粉を放出するようになりました。花粉症の人は「スギを切り倒しに行きたい」と言ったりしますが、建設的に日本製の割り箸をはじめとする国産材を利用することを考えるべきです。
 また、森林の伐採は地球温暖化の問題とも関わっているので「森林の伐採」というと抵抗がある人もあるかも知れませんが、森林の伐採は地球温暖化防止のためにも行うべきなのです。
 大きな木ほど大量の二酸化炭素を吸い、酸素を吐き出すようなイメージがありますが、実際には、若い森林の方が二酸化炭素の吸収量、酸素の放出量は多いのです。日本に大量に植林されているスギの場合、20年を超えると二酸化炭素の吸収量は減っていくそうです。
 森林伐採の問題で関わってくる、もう1つの問題が「山の保水力の低下」による土砂崩れや洪水の問題だと思います。
 「森林を伐採すると土砂崩れや洪水が起こるのだから、やはり伐採しない方が良いのではないか」ということです。
 戦後、大規模植林されたスギやヒノキは根が浅く(針葉樹は根が浅い)、土壌を保つことが出来ません。大量の雨が降ると根こそぎ倒れてしまい、土砂崩れが起こるのです。
 針葉樹は他の木々よりも高くなることで日光を得ようとし、広葉樹は広くなることで日光を得ようとします。木の根は葉の生い茂り方に似ると言います。スギのように上下に細長く葉が生い茂る木の根は上下に細長く、広く葉が生い茂る木の根は広く地面に張るのです(「広葉樹は針葉樹より保水力がある」という説もあるようですが根拠はないようです)。
 広葉樹は「生産性が低い」として、スギやヒノキなどの針葉樹ばかりが植林される傾向にありますが、山の植生を単一化するような植林は「育てる」視点を欠いており、それが土砂崩れや洪水を生むのだと思います。
 これは竹林についても同じことが言えます。竹は根が浅いために保水力や土壌保持力が弱く、大雨になると、すぐに土砂崩れが起こります。 現在、放置竹林が多くなっているため、竹林の異常拡大が起きています。竹林が広がるのは、過密になることによって日光が不足するため、外に広がることで日光を得ようとするからです。
 「竹林は傘をさして楽に歩けなければならない」といいます。竹林も間伐して適当な密度を保ってやれば外に広がることはないのです。
 国産の木材・竹材は、どんどん利用すべきだと思います。

ブログランキングに参加してます。記事が「良かった」と思ったら一押しお願いします。



  1. 2006/06/28(水) 00:05:26|
  2. 雑感
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ペットブームの陰

 kodoさん、コメントありがとうございます!。
o(〃^▽^)ノ
 いや~久々のコメントだ~(笑&嬉)。前回の記事の後、すぐに書き込んで下さって・・・・。「ccs net(シティーケーブル周南)」って書いたのが効きましたね~(笑)。これからもよろしくお願いいたします。

 NHKの「クローズアップ現代(2006.6.20)」で「増える障害犬 ~ペットブームの陰で~」というテーマが取り上げられていました。
 犬に限らず、ペットブームが続いています。「飼えなくなったワニガメやカミツキガメなどを川に放す」といった人は論外として、動物を飼うことに対する注意を喚起する意味において大事な話だと思うので、取り上げたいと思います。
 昔に比べ「共同体」より「個人」が重視される世の中になると同時に「個性」を主張する人が増えてきました。ただ「人間」としての個性より、服装やアクセサリーといった「売り物」で「個性」を作ろうといった安直な考え方が大勢を占めていて、日本人にありがちな「みんなと一緒」が好きだというのは変わっていないと思います。これは大量生産されるアクセサリーや服装など「売り物」による「個性」を重視するだけで、個々の「人間」としての個性は重視されていないからだ・・・・といった話はおいといて・・・・。

 犬を飼おうとペットショップに行った時、同じ犬種でも「少しでも人とは違う犬」を選ぼうとしませんか?。その時、ある問題に行き当たることがあります。
 たとえば、ダックスフントの基本となる色は黒と茶色です。ところが、白が混ざった犬が生まれることがあります。この犬は、黒や茶色のダックスフントに比べて販売価格は高価になっています。珍しいこともあるのですが、黒や茶色だけのダックスフントより人気があるのです。
 ところが、これを利用して商売にしようとする人達がいるのです。白が混じったダックスフント同士を交配すると、白が混じった子犬が生まれやすくなるからです。そして、それと同時に、白の割合が増えやすくなります。
 実際にあったケースなのですが、白が混じったオス(仮にAとします)とメスのダックスフントを交配して、両親よりも全身における白の割合が多いメスの子犬が生まれました。そして、さらに白の割合が多い犬を生ませようとするなら、血縁のない「白が混じった犬」と交配すれば良いのですが、ブームに便乗しようという繁殖業者には、そんな余裕はなく、生まれた子犬と、その父親「A」を交配させるのです。
 すると、さらに白が混じったメスの子犬が生まれ、驚くべきことに、その孫の子犬と祖父犬「A」を交配させるのです。その結果、生まれた子犬の毛色は、さらに白が多かったものの、その犬には神経の障害があり、視力が全くなかったといいます。
 そういった繁殖業者を取材したところ、脚が3本しかない犬や前脚しかない犬などが生まれることもあるということでした。
 すぐに「おかしい」と分かる犬は売り物にならないので市場に出回ることなく処分されたりするのですが、店頭で購入後に病気を発症するケースが少なくないのです。
 番組では、脳の障害のために、その場をグルグルと回り続ける犬や幼い時期に白内障を発症して、ほぼ視力を失った犬、まったく耳が聞こえない犬などが保護されている様子が取り上げられていました。
 先の番組で取り上げられたのは、主に「遺伝病の可能性を無視した近親交配による乱繁殖でしたが、問題となるのは近親交配だけではありません。
 ブームによる儲けをもくろんで、掃除などもロクにしない劣悪な環境に数多くの犬を詰め込んで繁殖させる「にわかブリーダー」「にわか繁殖業者」がいるのです。そして、そこで生まれた子犬は、後に生命を失う深刻な病気を発症することが少なくないのです。
 こういった人達は糾弾されてしかるべきですが「飼おう」とする人達には、こういった事実があることを知り「ブームに便乗して動物を買うことは危険だ」という認識を持って欲しいと思います。それによって、そういった動物を「買ってしまう」ことが減れば、そういう動物が生み出されることも減らせると思います。

 下記の本、今の日本でも「赤ちゃんが海外で売買されている」というノンフィクションです。「人身売買は昔の話」ではありません。

ブログランキングに参加してます。記事が「良かった」と思ったら一押しお願いします。



赤ちゃんの値段
赤ちゃんの値段
posted with amazlet on 06.06.28
高倉 正樹
講談社 (2006/06/20)

  1. 2006/06/22(木) 23:45:46|
  2. 雑感
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。