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先行き不透明なブログ?(仮題)

管理人自身も方針を決めかねているサイトです。

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成長

 東京にお住まいで、プロバイダ「UCOM」を御利用の方へ・・・・いつも当サイトへの訪問ありがとうございます(東京の知人には、このブログのことを何も教えていないので、私の知る方ではないと思います)。
 ブログを更新してない時の訪問はないにも関わらず、更新すると、いつもすぐに訪問いただいているようですが、RSSリーダーを御利用なのでしょうか?。私は使ったことがないので、よく分かりませんが・・・・便利ですね(笑)。
 当サイトでは過去の記事の書き直しなども行っていますので、前々回の記事を更新した際、同時に過去の記事を書き直しておりまして、過去の記事は御覧いただけたようなのですが、その時に更新した記事には気付かれなかったようです(笑)。リンクを張っておきますので、よろしければ、御覧下さい。我ながら、よく書けたと思ってるんです(爆)。その記事には過去の記事からオススメ(?)をピックアップしてリンクを張ってありますので(新しいウインドウが開きます)、よろしければ、そちらの方も御覧下さいね。
それと、先にも書いたように、過去の記事の書き直しなども行ってますので、過去の記事に引っかかることもあるかも知れませんが、ご容赦下さい(この記事も、アップして、東京にお住まいで、プロバイダ「UCOM」を御利用の方がお読み下さった後、加筆・修正してあります)。

環境問題を考え直そう(2006年6月28日更新)

 過去の記事を書き直す理由・・・・「新しい記事のように装うことで、訪問者を増やそう」などというつもりはなく、検索エンジンなどから訪問される方に対して「出来るだけ、私が考えていることを忠実にお知らせしたい」という思いからです。「何も変えない」というのは、よく言えば「首尾一貫している」ということですが、悪く言えば「成長してない」ということになります。今と以前では考え方が変わることは当然だと思います。考え方が変わったのに、自分が思ってもいないことを語るのは不誠実だと考えており、ブログの内容は出来るだけ今の自分に近づけようと考えています。「今と以前では考え方が変わる」という意味でも、当サイトに書かれてあることを鵜呑みにせず、ご自身で判断していただきたく思います。

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 先週、記事を更新しようと思ってたんですが、バタバタしちゃって更新できませんでした。週末は東京行きだったし・・・・いつも夜行バスで通っております・・・・。
 今回、書く記事は前回の記事に関連したこと(森林と海について)を書くつもりだったのですが、最近、知人と交わしたメールについてまとめたいので、私事ではありますが、そちらについての記事に変更したいと思います。次回は「森林と海について」、その次は実体験に基づいた健康関連の話(?)になる予定です(笑)。

 それと、先日、先に登場した知人の引越しに際して紹介したサイトがありますので、そちらも紹介しておきます(当サイトからの直リンがバレないようにReferrerを吐き出さない形でJavaScriptでウインドウが開きます。笑。JavaScriptを無効にしてある場合は下のURLをコピペして下さい)。

生活ガイド.com
http://www.seikatsu-guide.com/


 いろんな街の情報を知ることが出来、引越しの際は隣り合う街の比較をして、どちらにするかといった参考になります。生活に関する情報も色々あります。
 ちなみに、介護保険料は地域による差は大きいのを御存知ですか?。
 私が調べたところによると(2006年7月調べ)、最も安いのは山梨県秋山村の21400円、最も高いのは北海道鶴居村の71300円でした。夫婦2人だと山梨県秋山村が42800円、北海道鶴居村の142600円で、年額約10万円も違うので、40歳から65歳で約250万円もの差が出てくる計算になります・・・・。

 私は32歳でして、東京へは整体を習いに通っています。某手技療法の学校は出ていますが、そこは修了証書をもらうためだけに卒業しました。学校を出ただけで人を治療できるとは思ってなかったからです。そして「本当の治療」をしている人に教わるつもりでした。
 私が整体を教わっている方は、すごい方です。有名な方ではありませんが、私に言わせれば、テレビに出ている、そんじゃそこらの整体師とは比べ物になりません。その先生を通じて、有名ではないけれど、すごい先生が何人もおられることを知りました。
 私は10代の頃、人が死んだらどうなるかに興味がありました。死から生還した人の話ってありますよね。一般には「臨死体験」と呼ばれますが「英語では『ニアデス(Near Death)』というので『臨死』ではなく『近似死』の訳が適当だ」という考え方に従って、私も近似死体験と呼びます。
 いろんな近似死体験者の話を聞いてみると、ある程度は似ているものの、世界的に見ると「死後の世界」で、仏教圏の人は仏様を見て、キリスト教圏の人はキリストかマリア様を見ます。仏教圏の人がキリストやマリア様を見て、キリスト教圏の人が仏様を見ることはありません。おかしいですよね?。死んだら同じ所に行くのではないのでしょうか?。
 生は死に触れることは出来ず、触れた時には生を失います。でも近似死体験者は、生きて話をする以上、死んではいません。仮死状態にあったとはいえ、死んではいないのだと思います。
 脳低温療法に見られるように、従来「助からない」と思われていた人でも助かる治療法が出てきたり、医学的には「脳死」とされる人が、近くを通りがかった人の腕をつかんだり、空中に手を彷徨わせたり「反射」という言葉では説明のつかない「ラザロ兆候」と呼ばれる現象が報告されているように、科学的には「死んでいる」と思われる状態が「死んでいる」とは限りません。科学的な「死」とは基準に過ぎません(ちなみに「絞首刑になった人が10分以上に亘って動く」というのは「苦しんでいる」のではなく「反射」によるものです。人間は首を吊ると一瞬で意識を失います。苦しいことはなく、むしろ快感を伴います。柔道選手らが「おちる時は気持ちがいい」というのは、そのためです)。
 近似死体験者は「1度死んだ」のではなく「生きていた」のです。近似死体験者が見た「死の世界」とは「脳が作り上げた幻影」に過ぎません。だからこそ、文化や宗教の影響を受けた「死後の世界」を見るのです。
 霊視者についても同じです。スウェデンボルグのような、宗教や文化の影響が少ないと思われる例もあるものの、やはり、ほとんどは宗教や文化の影響を受けた話をしている・・・・。これは脳が関係していると考えざるをえません。
 生は死に触れられない・・・・。私は「死は語るべきものではなく、語られる死は全てウソだ」と思うようになりました。
 気功やヒーラーなどにも興味があったものの、気功家やヒーラーによって話が違うことに疑問がありました。「気を使えば消耗する」という人もいれば「消耗しない」という人もいるし、治療すると「患者の邪気を受ける」という人もいれば「邪気の影響は受けない」という人もいます。
 でも、共通していることがあります。「弟子の話は師に似ている」ということです。
 10代の頃、私が考えたのは「考え方によって感覚や方向性、スタイルを得るのか、能力が伝染したり、『場』が人を作るのではないか?」ということでした。
 「能力が伝染したり、場が人を作るのではないか?」というのは全くの推論に過ぎませんが「考え方によって感覚や方向性、スタイルを得る」と考えたのには理由があります。近似死体験者は「見る」という「五感(感覚)」が「脳の影響」を受けて「死後の世界」を見ているからです。
 考え方や意識などによって感覚が影響を受けているのだと思います。自分が何を考えるか。何をクローズアップするかが大事だと思うようになりました。
 考え方や意識が自分をつくる・・・・意識や考え方が成長をリードするのだと思います。
 スゴイ人に師事すればスゴくなれるのか?。私には、そうは思えませんでした。「スゴイことが出来るからスゴイ人なのか、スゴイ人だからスゴイことが出来るのか…」
 私は「スゴイことが出来るからスゴイ人」なのではなく「スゴイ人だからスゴイことが出来る」のだと思います。ただ「スゴさ」「テクニック」を求めて、「自分から離れたもの」を追っても、決して身にはつかないと思います。
 格闘技の世界には「最強の格闘技は何か?」という議論が常にあります。
 空手が最強だとかプロレスが最強だとか・・・・。仮に、空手家が優勝したからといって、すべての空手家が他の格闘家に勝る訳ではありません。それは、どんな格闘技でも同じだと思います。
 ボブ・サップという選手が出てきた当時、誰も彼に勝てませんでした。彼は元アメフト選手で薬学博士です。彼が優勝したとしても、誰も「最も強い格闘技は薬剤師だ」という人はいないでしょう。
 「誰が」強いのかはリングの上で明らかになります。でも「何が」強いのかは別問題です。
 同程度の才能の持ち主が同程度に練習して同じ条件で戦わなければ「何が」強いのかは分かりません。才能に恵まれた人と恵まれなかった人が同じように練習しても才能に恵まれた人に勝てる訳がありませんし、才能は同程度でも練習量が違えば同じことです。とはいえ、そんな検証は出来っこありません。
 天才的なスゴイ人が1人いたからといって、その格闘技の体系が「強い選手を生み出す体系」かどうかは分かりません。その格闘技をやっている人なら誰もが強いという訳ではないからです。
 それは整体であれ、何であれ同じだと思います。「スゴイ人が教えてるから」「スゴイ人がやってるから」といってスゴくなれることはないと思います。
 そもそも、野球などを見ると「名選手は名監督になれない」ケースは多いですよね(教えるのが下手だったり)。名選手には当たり前のことが(前提)、普通の選手には当たり前(前提)でなければ意思の疎通は難しいのだと思います。
 将棋の場合、内弟子制度の頃は師匠と弟子は全く逆の棋風になることが多かったそうです。
 師匠が猛烈な攻め将棋だった場合、弟子は常に師匠の猛烈な攻め将棋を受け続けることになります。すると、弟子は守りが上手くなり「守る将棋」を指すようになります。
 逆に、師匠が守る将棋が得意な場合、あまり師匠は攻めてこないので弟子が攻めることになります。当然、師匠は守るのが上手いので、弟子は、その守りを破るために、攻めるのが上手くなります。
 「師匠のようになれる」というのは幻想だと思います。

 「天才は天才を知る」と言います。逆に言えば凡才には天才を理解できません。天才の師についたとしても、きっと理解できないでしょう。
 ある整体師は「晩年の師につくな」と言いました。晩年になるまで練られたからこそ至る境地(特に技術)を未熟者が理解できる訳がありません。晩年の師が仰ることは、晩年まで練られたからこそ分かることだったり、その技は練られたからこそ出来るものだったりします。
 年を重ねるにつれて、考え方や技術はシンプルになっていく傾向がありますが、それは同時に中身が濃密になったからこそコンパクトにまとめられたのだと思います(武術などでも、最初は大きな動作で練習し、慣れてくるに従って動作を小さくしていきます)。
 スゴイ人が「これだけで充分」と言えるのは、その背後に、その裏づけとなるものを持っているからであり、未熟者が、それを真に受けると、ただ浅薄になってしまうと思います(「治療は下工、予防は上工」という言葉があります。確かにそうだと思います。でも、悪くなった人を治せた上で「予防」を行うのと、最初から「上工」になろうとして「予防」は出来るようになったものの「治療はできない」というのでは大きく意味が違うと思うのです)。

 整体師が最も誠実でなければならないのは「師」に対してよりも「お客さん」に対してだと思います。
 自分が何かを話す時「師が言っていたから」というのは不誠実だと思います。自分の目で見たものを話さなければならないと思います。
 もし、師の言うことを鵜呑みにして喋ってきたのに、師の言っていたことが間違っていたとしたら、「自分」ではなく「師が間違っていた」と言えてしまいます。それでは、そこに「自分」はいません。
 私は「身体」は精神や意識をつくり、逆に、精神や意識、考え方や環境も身体をつくっていると思います。
 人の行いは精神や意識、考え方に基づく・・・・。「整体の施術」は「人の行い」です。それは科学よりも思想に近く、整体の施術は科学(知識やテクニック)ではなく思想・哲学であるべきだと考えています。私にとって「整体」は知識やテクニックなどではなく「思想」なんです。
 私が思うのは「習得したい」と思う「整体」には深い「共感」が伴わなければならないということです。自分を成長させるのは「気付き」だと思います。そして共感は気付きを生むと思います。
 人間は「理解できることを理解できるようにしかできない」と思います。だとすれば、整体師として成長するには、「納得」ではなく、理解に伴う深い共感が必要だと思います。そして人間として「進化」するには「深化」しなければならないと思っています。
 「人の行いは精神や意識、考え方に基づく」。スゴイ人だからスゴイことが出来るのであって、スゴさを外に求めればスゴさを得られる訳ではないと思います。
 何故、私は「整体がやりたい」と思うのか・・・・。私に整体の才能があるかどうかは分かりません。でも、それは整体に限らず、どの分野でも同じです。私に何か才能のある分野があるとは思いません。
 それなら「分かりもしない『才能の有無』」や「好き・嫌い」に関わらず、「人の行い」として「自分」を最も出せそうな気がする「整体」を自らの道にしたいと思っています。

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  1. 2006/07/14(金) 01:22:48|
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